コリント人への第Iの手紙 16章21節-24節 パウロは、コリント教会へ送る手紙の最後に一番大事なメッセージを書き残しました。「主を愛さない者はみな、のろわれよ。主よ、来 てください。」と、すなわち「再臨される主を待ち望む者は、主を愛 する者である」というメッセージでした。
人は、誰かをあつく愛すれば、相手の事を思い留め、犠牲する事を恐れません。相手が望むことを力ある限り何とかして叶えあげようとするのです。これは、造り主神様が私たち人に与えて下さった、「品 性」とも言えると思います。聖書の大きなメッセージも「主なる神様 を愛せよ」という事ですが、神を愛するアプローチのために下さった のが、この「品性」です。すなわち、造り主を愛する者は、兄弟・姉妹(教会共同体)への愛も成熟されたものとして現れるのです。パウロも23−24節において、その印しが見えるのです。
クリスチャンはイエス・キリストの十字架を通して、父なる神様の愛を知り、心も思いも行いのすべてが生まれ変わった者です。一夜で変わるのではありませんが、少しずつ変わっていきます。これを「霊 的な成⻑」、もしくは神学的な用語として「聖化」とも言います。
どの様にして変わるのかと言えば、「主なる神の愛を知った時」だと言えます。ローマ書5章8節では、「しかし、まだ罪人であった時、 わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」イエス・キリストの十字架によって、神の愛が分かって者は、その愛の「初め」を知り、心が 変わり、やがてすべてが変わって行けるでしょう。そして信仰生活の中で、神の愛の「初め」から「計画」、「成就」、「完成」を知っていく段階によって、信仰は深まるのです。そして、主の恵みによって 「聖化」へ導かれ、どのような事があっても「主を愛する」心は変わらない、天国の希望に満ちた聖徒になるのです。
今日のみ言葉をとおして、悟る事は、主を愛する信仰は「イエス・ キリストの再臨を待ち望む」事へ必ずつながっている事です。そし て、この再臨に対する信仰が、「主を愛する信仰を最後まで守れる」 唯一の道である事でした。
主は必ず来られます。そして、主を愛する私たちを強く慰めて下さいます。この「福音を」できる限り多くの人々に伝えましょう。その愛を固く信じましょう。
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