2020 / 6 / 15 黙想のみことば

今日の黙想のみことばです。 


24 "競技場で走る人たちはみな走っても、賞を受けるのは一人だけだということを、あなたがたは知らないのですか。ですから、あなたがたも賞を得られるように走りなさい。 

25 競技をする人は、あらゆることについて節制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 

26 ですから、私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。 

27 むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。" 

コリント人への手紙 第一 9章24~27節  


1 "兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません。私たちの先祖はみな雲の下にいて、みな海を通って行きました。 

2 そしてみな、雲の中と海の中で、モーセにつくバプテスマを受け、 

3 みな、同じ霊的な食べ物を食べ、 

4 みな、同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らについて来た霊的な岩から飲んだのです。その岩とはキリストです。 

5 しかし、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。 

6 これらのことは、私たちを戒める実例として起こったのです。彼らが貪ったように、私たちが悪を貪ることのないようにするためです。 

7 あなたがたは、彼らのうちのある人たちのように、偶像礼拝者になってはいけません。聖書には「民は、座っては食べたり飲んだりし、立っては戯れた」と書いてあります。 

8 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、淫らなことを行うことのないようにしましょう。彼らはそれをして一日に二万三千人が倒れて死にました。 

9 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、キリストを試みることのないようにしましょう。彼らは蛇によって滅んでいきました。 

10 また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました。 

11 これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。 

12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。 

13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。" 

コリント人への手紙 第一 10章1~13節


5 しかし、彼らの中の大多数(だいたすう)は、神のみこころにかなわなかったので、荒野で滅ぼされてしまった。

本文は、旧約の時代イスラエルの民がエジプトの奴隷のような状況にいた時、彼らを救い出し、約束の地カナンの地へ導かれた話しをしています。造り主がモーセを通してエジプトからカナン地へ彼らを導かれました。しかし、その過程の中で殆どの者が滅ぼされてしまい、2世代だけがカナン地へ入りました。その原因は、旧約聖書の出エジプト記、民数記、申命記などで良く書かれていますが、彼らの「不満、不平、つぶやきと不信仰」による結果だったのです。

問題は、このような不満、不信を持っていたのが、大体の人であって、パウロは「彼らの中の大多数」だったと言うのです。それで、主なる神様は「大多数を喜ばれない」というのでした。

悲しいことに、愛である造り主が「嫌がる人も多い」事です。特に信仰している者が造り主を信頼できず、不信仰より不満、不平などのつぶやく者もいるし、信仰を捨てて偶像崇拝へ走る者が多くいます。これらの事について聖書は言うのです。「主なる神を『憎む』事」であり、同じくみなされていると。「(偶像に)それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼ」す。(出エジプト記20:5)

主なる神様が喜ばれる事は、どんな状況においても主に感謝し、信頼してそのみ名を称えることです。決して私たちを滅ぼすために何一つなさる神ではありません。その反対です。私の信仰が誠であるのかを見るために下さるテスト、もしくは神様の栄光を現わされるために与える試みがありますが、そのすべての終わりに栄光と喜びがあるのです。

今日も、多くの人々が「福音」を必要としています。少数であっても主が喜ばれる者であれば、私は切に願いわが大阪ホーリネス教会がその福音のために用いられる事です。大多数は、主が喜ばれるような事に一致しません。本当に難しい事です。しかし、いつもそのような教会であるために祈ることはやめません。ただ、少数であっても主が愛する教会であれば、それで大満足です。

今日も、まず私自身が主の側にたち、命の光と、世の塩として生きる事を共に願って歩みましょう。主は助け主です。アーメン。

出エジプト記20章 출애굽기20장 5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

大阪ホーリネス教会

大阪ホーリネス教会は聖書の教えと生き方が釣り合う共同体を目指していく教会です。

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